2026年10月1日よりエントリーが始まった、武蔵野美術大学(以下:「ムサビ」)と創業前後のプレシード・シードステージに特化した国内最大規模の独立系ベンチャーキャピタル「インキュベイトファンド株式会社(以下:「インキュベイトファンド」)」が連携した「CREATORSHIP PROGRAM」。クリエイターが活躍できる産業を生み出すべく、「IPをビジネス化する起業家」、「意味・体験を再定義する起業家」、そして「新しいカテゴリを創出する起業家」を募っています。なぜムサビが事業創出に力を注ぐのか、表現を事業にするために必要なことは何なのか、その先にどんな未来が待っているのか。インキュベイトファンドの泉雅貴さんと飯野温さん、そしてムサビのスタートアップ創出支援事業担当である西崇弘と酒井博基が語ります。
表現資産を掘り起こし社会に届けて価値に変える
—CREATORSHIP PROGRAMが生まれたきっかけを教えてください。
泉雅貴さん(以下、「泉」):いちばん最初のきっかけは、僕がたまたまムサビの卒業・修了制作展を見にいったことです。展示はすごく見応えがあって純粋におもしろかったのですが、その中にARG(代替現実ゲーム)を扱った作品がありました。ちょうどその頃、投資のテーマとしてARGに興味があり、投資先を探していたんです。ムサビの展示は仕事とは関係なく見にいっていたのですが、自分が注目していたテーマと美大生の表現が偶然重なっていることに、うれしい驚きを感じました。ほかにも、外国人労働者をテーマにしたものなど、自分たちが扱う投資のテーマと一致している作品もあって、僕らが考える投資テーマと、ムサビの学生が感じている社会的な課題に、共通する部分があることに気づいたんです。
美大には、「今の時代をどう捉えるか」ということに鋭い感覚を持つ学生がたくさんいます。VCである僕らも、時代の先を読んで投資していくための観察眼を養うことを、日々意識しています。ムサビ生の展示を見て、もしかしたら目線は意外と近いのかもしれないと考えました。そこで、美大で培った感覚を活かして起業する人の後押しができるのではないかと思い、ムサビに連絡したんです。

西崇弘(以下、「西」):ムサビでは、令和6年度からスタートアップ創出支援の取り組みを本格的にスタートしましたが、まだ環境や仕組みづくりの手法が確立されていない段階で、いろんな方と意見交換しながら模索していくというスタンスです。美大ではつくることや表現することは日常的なことで、卒業・修了制作展も当然毎年やっています。中にいると当たり前になってしまっていることですが、泉さんや飯野さんがそこに新しい価値を見出そうとしてくれているのがとても新鮮でした。その視点を得て、外からの価値の発見の大切さを感じながら、意見交換を重ねていきました。最終的に、今年度の東京都の大学発スタートアップ創出支援事業に、インキュベイトファンドとの連携を趣旨に入れ採択されたことで、CREATORSHIP PROGRAMのプロジェクトが動き出したというところです。
—なぜ今、ムサビが「表現を生み出すこと」だけでなく、「表現を社会に届け、価値に変えること」に取り組むのでしょうか?
酒井博基(以下、「酒井」):ムサビは令和5年度に東京都の大学発スタートアップ創出支援事業の一つに採択されて、それをきっかけに美大にしかできない創業の場づくりをテーマに掲げた「武蔵野美術大学実験区」を立ち上げました。ムサビのほかは、技術や研究のシーズを持つ理系大学が中心となる中で、美大にとってのシーズとは何かを改めて考え、クリエイターという人材そのものをシーズと捉えて取り組んできました。ただ、スタートアップ創出の仕組みづくりにおける再現性や、起業後のスケールについては、課題を感じていました。今回の連携に向けた話を進めるうちにIPビジネスの話になり、突き詰めていくとクリエイターの根っこにある「表現」そのものが、美大の大事なシーズなのではないかと考えるようになったんです。純粋な「表現」をどうIPに、つまり社会的な価値へとつなげていくか。そこに焦点を当て、表現を価値化して社会に届ける人材を大学の関係者として迎えながら、ムサビ発のスタートアップのかたちを改めて模索する取り組みとなりました。
—VCであるインキュベイトファンドとしては、美大と取り組むビジネスの創出にどのような印象を抱いていましたか?
飯野温さん(以下、「飯野」):僕は、VCとして活動する中で、IPビジネスが盛り上がっているものの、それがビジネス先行になっているケースも多いように感じていました。本来、IPビジネスというものは、クリエイターの熱量から生まれた魅力的な作品があって、クリエイティブ起点でつくっていくのが正しい順番だと思います。いい作品が社会に受け入れられることで、ビジネスにつながっていく。その点では、美大は純粋に創作に向き合う人が集まっています。「武蔵野美術大学実験区」の成果発表会でも、アイデアがおもしろいし、その先のアウトプットが洗練されていて、創作のレベルの高さが伝わってきました。一方で、それを社会の中で事業化するには、まだハードルがある。だからこそ、クリエイティブを活かして事業につなげるところに、自分たちが力添えできるのではないかと感じて、とてもワクワクしたんです。

酒井:確かに、ビジネス起点でクリエイティブを扱うと、表現する人を仕組みの一部として捉えてしまうケースがあります。これは、美大がVCや起業家から相談を受ける際に最も警戒するところで、クリエイター自身も、自分の表現やモチベーションをビジネスの仕組みに取り込まれることにはとても敏感です。ただ、泉さんや飯野さんとお話ししてみると、創造的なビジネスを生み出す上ではクリエイターとの信頼関係がとても重要だという姿勢を一貫して感じました。だからこそ、僕らもお二人と一緒にやってみたいと思えたんです。また、クリエイティブを起点とすることを大切にしながら、そこからビジネスの仕組みを整え、スケールさせていくことはできるという考えも共有していただきました。この2点が今回の連携の決め手になったと思います。
—今回キーワードになっている「ムサビに眠る表現資産」とは、具体的にどのようなものでしょうか?
西:ムサビでは、日常的に大量の表現が生み出されています。課題制作や卒業制作だけでなく、学生が自発的につくり、SNSなどで発信している作品にも、キャラクターやアニメーション、イラスト、写真など、多くの魅力的な表現があります。そういった課外活動の表現のアウトプットの場の一つとして芸術祭がありますが、これがすごく盛り上がるんです。自分で考案したキャラクターをグッズにして販売するなど、すでにマーケットとして成立しているものもある。あるいは、大学の課題では評価されなくても、SNSでは何万人ものフォロワーがいて、作家として活躍している学生やアーティストもいます。これまで大学ではそれらを十分に捉えきれていなかったけれど、そうした学生たちの多様な表現こそ、ムサビに眠る表現資産だと考えています。大学としては、今後はそれらのムサビに眠る表現資産をしっかり掘り起こし、社会と接続していく仕組みをつくっていきたい。今回のプロジェクトでは、募集するIPビジネスの起業家とのマッチングにつなげていきたいと考えています。

泉:僕は最初、作品やキャラクターなどの具体的なアウトプットが、美大の表現資産なのだと思っていました。でも最近は、実はもっと根本にあるものなのではないかと感じています。それは、ものをつくる人の「目線」です。例えば、一般大学では、課題や就活など、ある種のタスクに沿って生活することが多く、その生活に沿った目線になります。一方で美大生は、常に「何を表現するのか」を問われている。日々の生活の中で感じたことや、社会について考えたことを、表現に落とし込んでいくことが求められる。卒業・修了制作展を見て、ムサビ生のみなさんは、まさにその目線を持って創作してきているのだと感じました。普段お付き合いしている起業家たちも、日常的に課題を発見する能力が高い人が多い。新しい社会をつくるうえで、「目線」はとても重要なのだと思います。何かを発見し、何か表現しようとする人を育てる環境こそが美大であり、だからこそ、その目線を活かして一緒に新しいことができるのではないかと期待しています。
未来を拓く土台となるのはクリエイターとの信頼関係
—ひとつの「表現」が「IP」になり、さらに「ビジネス」へと育っていくためには、何が必要なのでしょうか?
飯野:一般的な話になりますが、商売の原則は仕入れて売るということです。表現資産においてそれを考えると、仕入れの点では、まず表現をつくる人たちとたくさん連携する必要があります。それには、この会社に自分の作品を扱ってほしいと思ってもらえるような信頼関係が不可欠です。人間関係のつくりかたで、評判は広がっていきます。そこからどうお金にしていくのかというマネタイズについての部分が、CREATORSHIP PROGRAMで議論しながら発見すべきところだと考えています。スタートアップとして収益性が高かったとしても、クリエイターの信頼を失えば仕入れの部分が損なわれます。逆に本当にいい作品が集まるのであれば、まずは収益性よりそちらを優先してもいいかもしれない。目指す未来からスタートアップを生み出すという、壮大な課題に取り組むのが今回のプログラムです。クリエイターの信頼を得ながら、会社としてしっかり収益性を担保するビジネスモデルを生み出すというところが、主要な論点になります。もしそれを見つけていくことができれば、大きなスタンダードを生み出す可能性もあるはずです。
—CREATORSHIP PROGRAMが探しているのは、どんな人物像をイメージしているのでしょうか?
泉:これまでの話にも出てきましたが、まずは創作物を生み出すクリエイターを尊重し、信頼を得られる人であることが最低限の条件です。そのうえで、いろんな属性の方たちにエントリーしてほしいと思っています。学生が挑戦して新しい何かを発見するのも嬉しいですし、すでに作品をビジネスに変えてきた経験のある方や、これまでビジネスをやってきて、ムサビ生の作品やクリエイターたちと新しい会社を立ち上げたいというチャレンジなども大歓迎です。
また、ムサビにとっても前例のない取り組みだと思うので、具体的な人物像やビジネスモデルは誰も持っていません。こちらから正解を提供するようなプロジェクトにはならないので、カオスを一緒に楽しんで新たな道をつくり出していける方にエントリーいただきたいです。
酒井:「クリエイティブへの関心やクリエイターへの敬意」については募集要項にも明文化しましたね。今回は「IPをビジネス化する起業家」を中心に募集していきますが、ほかに、「意味・体験を再定義する起業家」、また、「新しいカテゴリを創出する起業家」という枠も設けています。この社会の中で何を問題と捉えるのか。その視点が新しい価値をつくる源泉だという仮説のもと、いくつかの方向性から、複合的にスタートアップの創出を模索しています。また、ムサビ生・ムサビの卒業生でない方でも、クリエイティブの知識がない方でも構いません。新しい価値づくりに挑戦したい人全般を“クリエイター”と位置づけました。クリエイターの大事な表現を預かって運用していくプログラムになるので、知財を専門とするムサビの教員も参画し、しっかりした伴走体制を整えてお待ちしています。

—この取り組みが続いていった先に、ムサビを中心にどんな「クリエイティブ産業」が生まれてほしいと考えていますか?
泉:VCの視点では、7月に閣議決定された「日本成長戦略」の17分野の中に、「コンテンツ」が位置づけられたことに注目しています。表現を世界に届けるパイプとなるような会社が、時代として求められているということです。美大はまさに、表現する人たちを育てる大学なので、社会の大きな流れの中に、ムサビと一緒につくった会社が生まれることを、本気で目指しています。未来の美大生たちがそれを見て、こういう起業の選択肢があって、自分の表現で社会とつながれる、社会からフィードバックがもらえる。そう思ってもらえたら最高ですね。 西:その未来をつくっていくうえで、ムサビとしても、美大にしかできないスタートアップ創出のあり方を、自分たちに問い続けています。ムサビは毎年デザイナーやアーティストなど、多くのクリエイターを輩出していますが、その先に彼らがいかに活躍できる社会になっているか。こうした取り組みを通して、産業そのものを豊かにしていくようなエコシステムをつくり上げていくことを目指したいです。そのエコシステムの中で、美大がどういう役割を果たしていかなければいけないのかを、あらためて見つめ直していく機会でもあると捉えています。