2024年度の武蔵野美術大学実験区「MAU SOCIAL IMPACT AWARD」で入賞し、アクセラレーションプログラムに進んだチームにインタビュー。今回お話を聞いたのは、グランプリを受賞した「Academimic ~研究活動の情緒的価値化サービス~」のチームです。研究活動をポップカルチャーと融合させ、その背景にある思いや情緒を含めて作品として届けるクリエイティブレーベルを目指す同チーム。代表者の浅井順也さんと、メンバーの大田菜緒さんに、研究における情緒的価値の可視化という挑戦について伺いました。
▼チームメンバー
代表者:浅井順也(会社員)
大田菜緒(武蔵野美術大学大学院クリエイティブリーダーシップコース1年)
▼マネージャー
永井史威(Hi inc 代表、ディレクター・エディター)
▼メンター
中野豪雄(武蔵野美術大学 教授、中野デザイン事務所 代表)
研究活動は、実はエモーショナルなもの
―まずは事業の概要を教えてください。
浅井順也さん(以下「浅井さん」):「Academimic」は、研究とポップカルチャーの融合を掲げるクリエイティブレーベルです。“研究”という行為の、論⽂でも学会でもない新たなアウトプットの形を目指し、研究に触れて生まれた感動やイメージを作品化。アーティストと組み、⼩説、⾳楽、イラスト、イベント、映像などあらゆる手段で研究機関・企業の研究・技術のコミュニケーションデザイン・ブランディングを行っています。2022年に立ち上げ、2年あまり活動を続けてきました。
―事業アイデアの原点について教えていただけますか。
浅井さん:思春期特有の悩みを抱えていた高校生のとき、ある研究に出会って世界が変わりました。それはベンジャミン・リベットという生理学者による、人間の“自由意志”についての研究です。自由意志という、人間誰しもが持っていると思っていたものが、実は存在しないかもしれないというものでした。
自分で選んだ、決断したと思っていたことは自然の摂理のひとつに過ぎないということが、フィクションの世界ではなく、現実の研究という土台の上で議論されている。その説得力に強く心を動かされました。
―その体験がその後の人生に影響を与えたんですね。
浅井さん:はい。その後、僕も研究の道に進み、大学では動物行動学、大学院では脳神経科学を専攻しました。でも研究発表を重ねるにつれて、どんどん自分にとっての本当のおもしろさが抜け落ちていくのを感じたんです。純粋な興味から始めたのに、一番大切なところが伝えられていないというモヤモヤが、ずっと自分のなかにありました。
―“本当のおもしろさ”というのは、具体的にどういったものなのでしょうか?
浅井さん:すでにある言葉を使うなら「センス・オブ・ワンダー」でしょうか。科学やSFに触れたときにおぼえる不思議な感情を表す言葉です。ただ、それが日本語になっていないことが示唆的だと思っています。
世界の見え方が変わるような体験は、フィクションでも得られます。でも、論文や客観的な議論にひもづいた創作物から感じるものはまったく違う。その違いこそが、研究の本質的なおもしろさなんです。
―その本質的なおもしろさを追求する研究者は、浅井さんにとってどのような存在なのでしょうか?
浅井さん:研究者って、ロマンチストだと思うんです。それも、どちらかというと不器用なロマンチスト。というのも、研究者は自分のファンタジー、つまり仮説を持ってさまざまな実験に挑むわけですが、その結果に容赦なく叩きのめされることもあります。誰かの主観的な評価ではなく、実験結果という客観的な事実によって、自分の考えが根本から崩されていく。それでも諦めずに新しい仮説を立て、自分なりの世界のモデルをつくり続けていく姿に、僕はすごくエモーショナルなものを感じるんです。

―研究の本質的なおもしろさを届けるために、どのようなことを意識していますか?
浅井さん:受け手が頑張って学び取ろうとしていることを前提とするのか、それとも素通りされるのが前提なのかによって届け方は変わると思うのですが、僕たちが想定しているのは後者です。おいしいかどうかもわからない未知の食べ物を切り刻んだって食べてくれない。だからこそ、シズル感を強調して、アテンションを引くことが大切です。簡単に言うと、難しいことをなくしたいと考えています。
根底の考え方が同じだから二人三脚で進められた
―大田さんは、このビジョンにどのように共感されたんですか?
大田菜緒さん(以下「大田さん」):私はムサビの大学院生ですが、教育会社の会社員でもあります。企業では、「ビジネス」と「わくわく」が相反するものとして扱われることが多いと感じていて。でも、わくわくすることって大事ですし、その想いは顧客に必ず伝わって、巡り巡って利益にもつながるはずです。短期的な利益ばかりに目がいってしまう構造に違和感をおぼえていました。
―その違和感は、社会人向けの実務教育を提供するにあたって感じられたそうですね。
大田さん:そうなんです。たとえば新しい事業をつくろうというとき、最初は「この技術やアイデアで世界がこんなふうに変わるかもしれない」という、わくわくする思いに満ちています。でも、世の中にリリースされるころには採算性などさまざまな制約の中で別物になってしまっていたり、当初の世界観よりも具体的な機能面にばかり焦点が当たるということがあります。ビジネスなので致し方ないのですが、本来、企業は独自のビジョンや想いを持っているはずなのに、それを形にしていく過程で機能や利益が優先され、本質的な世界観という部分が薄まってしまうんだと思うんですよね。そういう体験から、浅井さんの想いに共感しました。
―プロジェクトのなかで、大田さんはどのような役割を担っているのでしょうか。
大田さん:浅井さんは実験区に参加する前から「Academimic」を始めていて確固たる世界観があり、そんななかで私にできることはふたつあると考えました。ひとつは、この事業をスケールさせていくこと。もうひとつは、浅井さんの持つ視点を、私の持っているネットワークを通じて広げていくことです。私の知っている人たちとの出会いが、新しい可能性を生み出すきっかけになるんじゃないかと考えました。
―浅井さんは大田さんの存在をどのように捉えていましたか?
浅井さん:もう、めちゃくちゃサポートしていただきましたね。プレゼンテーションの前はも一緒に資料をつくり込んだり、展示に使うポスターもほぼほぼ大田さんがつくってくれたり。ただ、単なる作業的なサポートではなくて「この進め方についてどう思う?」といった意見交換も頻繁にしながら進めていきました。 そういったやり取りのなかで、根底にある考え方が同じだということを実感していて。だからこそまったく違和感なく、大田さんの提案に「たしかにその通りだな」と共感できることが多かったように思います。

今後の課題は、持続可能な事業にするための仕組みづくり
―実験区に参加してみていかがでしたか?
浅井さん:最初は、アートディレクターやデザイナーとの出会いを期待していました。事業アイデアを形にしたり、ビジュアライズしたりするところを強化できればと考えていたんです。
でも実際に参加してみると、それは表面的なことだったと気づきました。むしろ、大田さんとの出会いによって得られた新しい視点、たとえば特許を活用した新たなビジネスチャンスの可能性など、予想以上に大きな収穫がありました。
―メンターの中野先生からもさまざまなアドバイスをいただいたそうですね。
浅井さん:はい、中野先生には本当にいろいろ教えていただきました。科学や研究活動にまつわるデザインをたくさん手がけられている方だったので、科学に感じるおもしろさと、一方でそれをデザインに落とし込む際の難しさみたいなところもお話しいただいたんです。実験区での出会いを通してさまざまな気づきを得ることができ、とてもよかったと思っています。
―今後の展開について、具体的な計画はありますか?
浅井さん:これまでは主に研究機関と連携し、企業研究や基礎研究を作品化する活動を行ってきました。今後は、実験区を通して生まれたつながりを活かして、一般企業との取り組みにも挑戦したいと考えています。研究機関とはまた違った形でのアウトプットになるのか、新しいビジネスモデルとして成立するのか。そこもひとつの実験として進めていきたいですね。
―大田さんは事業としての展望についてどのようにお考えですか?
大田さん:そうですね、やっぱり事業の自走化が大きな課題だと考えています。持続可能な形にしていくためには、安定したキャッシュフローの設計が必要です。いまいろんなところからいただいている単発の案件を、継続的な事業の形にしていくための仕組みづくりを考えていきたいですね。
また、中野先生との作品制作や展示を通したコラボレーションなど、具体的にやりたいことも見えてきているので、それらを実現するための事業基盤を浅井さんと一緒につくっていければと思います。
―最後に、これからの意気込みを教えてください。
浅井さん:「Academimic」は実験的なものなので、成功も失敗も含めた成果がなににつながるかはまだわかりません。ただ、研究の本質的な価値を伝えるという私たちのナラティブを軸に、どこまで社会に浸透させていけるか。それを追求していきたいと思います。 研究者は往々にして研究内容だけを伝えがちですが、僕はその背景にある思いや情緒こそが研究の本質だと考えています。無機質な情報だけでは、なかなか人の心には届きません。研究に秘められた情緒的な価値を可視化することで、より多くの人に研究のおもしろさを伝えていく。そんな活動を続けていきたいと思います。