自分自身に向き合い、事業の軸をつくる大切さに気づいた

2024年度の武蔵野美術大学実験区「MAU SOCIAL IMPACT AWARD」で入賞し、アクセラレーションプログラムに進んだチームにインタビュー。お話を聞いたのは、「のびしろ荘 ~東京ローカルから、人とまちの「のびしろ」をはぐくむ~」を提案し、準グランプリを受賞したチームの代表者・安島裕大さんです。事業アイデアが生まれるきっかけとなった原体験、またアクセラレーションプログラムを経験したことで得た気づきなどについて聞きました。

▼チームメンバー
代表者:安島裕大(国際基督教大学 教養学部4年)
石岡祐太郎(慶應義塾大学 経済学部4年)
川野絢子(武蔵野美術大学 空間演出デザイン学科4年)

▼マネージャー
酒井博基(武蔵野美術大学実験区プロデューサー、d-land 代表)

▼メンター
小野裕之(編集者・プロデューサー)


暮らしていた街や旅先での原体験が、事業のヒントに

―まず、「のびしろ荘 ~東京ローカルから、人とまちの「のびしろ」をはぐくむ~」という事業の概要を教えてください。

安島裕大さん(以下「安島さん」):東京西側の多摩エリアで今後増加が見込まれる空き家の問題に取り組むために、小金井市の新小金井駅近くで2024年から空き家活用プロジェクトを始めました。

まず空き家の1階で、地域の方々が集う「のびしろ荘」というコミュニティスペースづくりを始めました。「街にこんなものがほしいな」という思いや、やってみたいことを共有して、みんなで実現していけるような実験的な場所になっています。 現在は、2階のスペースをゲストハウスに改装中です。1階のコミュニティスペースで生まれた地域の人同士の輪に、2階のゲストハウスを訪れた人さらに加わることで、外部の人が地域に出会うきっかけを提供。旅人に対して、地域について知ってもらうという観光の仕方を届けていきます。

2024年12⽉13⽇(金)・14日(土)に開催された「武蔵野美術大学実験区 DEMO DAY 2024」でプレゼンテーションを行う安島裕大さん


―どのような経緯で、この事業に取り組んでみようと思ったのですか?

安島さん:僕は旅が好きで、よく海外旅行に行っていたのですが、コロナ禍以降は日本の地方を巡ることが多くなりました。しかし、そのなかには衰退が始まっている地域が多くあり、空き家が増加していたり、人の気持ちまで内向きになっているような印象を抱くこともありました。

そんななかで、地域の魅力を活かして街を盛り上げようとしている方々と出会ったんです。ある街では、ゲストハウスをつくって、そこに併設されたカフェやバーを中心に、おもしろいことを生み出していく取り組みがされていました。そういう場を訪れて感じた可能性が「のびしろ荘」を立ち上げるうえで、僕の原体験になっていたと思います。

また、僕が国分寺にある「ぶんじ寮」というシェアハウスに住んでいることもきっかけのひとつでした。ぶんじ寮は社会人や学生など、誰でも住むことができる街に開かれた寮。そこで出会った人たちと話すうちに、地域について深く知るようになったんです。たとえば国分寺には地域コミュニティで有名な3つのカフェがあり、それぞれのカフェを中心に人のつながりが生まれていること。カフェ同士が共同でイベントを開催していて、そこからコミュニティが広がったりしているんです。

さらに東京の多摩地域について調べるなかで、今後は人口が減少していくことがわかり、空き家も少しずつ増えていくであろうことを知りました。それならば、空き家を使って街の魅力を活かした豊かな暮らしをつくっていきたいと思い、のびしろ荘の事業を始めました。

―のびしろ荘の立地に新小金井駅周辺を選んだのはなぜですか?

安島さん:新小金井は、その街らしさの残り香がいままさに消えようとしている地域だと感じています。もともと商店街がすごく栄えていて、独特の道路の配置や建物の並び方から醸成される雰囲気がすごく魅力的なんです。 しかし、最近ではシャッターを下ろしてしまっている店舗が増え、取り壊されているところもあります。でも、スクラップ&ビルドで新しいものにつくり替えてしまうより、古くからある街並みを活かす方法があるんじゃないかなと思ったんです。産業だったり、地域の自然だったりと、長い年月をかけて積み重ねられてきたその街の“らしさ”を残したいと思いました。

弱点を自覚したことで、新たな事業ストーリーが見えてきた

―実験区でのチームは3つの大学の学生で構成されていましたが、どんな役割分担をして活動したのでしょうか。

安島さん:発案者である僕が議題を設定し、それについて議論して物事を決めていくという流れが多かったです。特に初期のころは、それぞれの思いを語り合う時間を設けたりしながら、じっくりと事業のコンセプトをつくりあげていきました。その段階から、メンバーの川野さんは主にビジュアル化を担当、石岡さんはプロダクトデザインやサービス設計に詳しいので、その視点からフィードバックをもらったり提案をしてもらうことが多かったです。

―メンターの小野裕之さんとのやり取りでは、どんなことが印象的でしたか?

安島さん:起業についてはあまり考えたことがなかったのですが、街づくりの専門家としていろいろな事業を手がけている小野さんのフィードバックをいただけたことは、すごくありがたかったです。 いちばん重要だと感じたのは、「普通のことを淡々とやればいい」というアドバイスでした。事業を立ち上げると、目の前の課題に対して冷静になれないことが多いと感じました。しかし、現実的にブレイクダウンしていけば、解決策は意外とシンプルだったりするんです。冷静でいられるようにするためにも、自分の心と体、両方のバランスを整えておくことが大事なんだと気づかせてもらいました。


―実験区に参加したことは、安島さんにとってどんな意味がありましたか?

安島さん:最終日に実験区のマネージャーのひとりである三島賢志さんとお話をしたとき、「その人の生い立ちや、根本的な欲求はなにかを深掘りしていくことが、このプログラムの本質なのではないか」とおっしゃっていたんです。

それを聞いたとき、僕はこのプログラムを通じてずっと「自分の欲求を覆い隠しているように見える」と言われていたことを思い出しました。まさに実験区が試行している思考法「ナラティブモデル」に通じるところでもありますが、三島さんの言葉で「自分の欲求に向き合っていくことが重要なんだ」とあらためて気づいたんです。

事業アイデアの軸になるものは大きく3つあると思います。ひとつは純粋に自分が好きなこと、ふたつ目は人生経験を通じた問題意識や理念、3つ目は、その人の生い立ちなどに関わる根本的な欲求。この3つをそれぞれ深掘りしていくことが大切だと思います。

ただ僕は、ふたつ目の軸が強すぎるためにほかのふたつを覆い隠してしまっていたのかもしれません。今後はもう少し俯瞰して、ほかのふたつの軸について考えを深めて事業のストーリーに落とし込んでいきたいと考えています。いままさにその作業をしていて、これまでの自分のストーリーを思い切って崩している感覚。まだ完全にはつかめてはいないのですが、自分のなかで納得のできるものが見えてきていると感じています。

―“美大にしかできない創業の場づくり”というテーマにおいて、既存の価値観が瓦解して新しいものが生み出されるのは素晴らしいことではないでしょうか。のびしろ荘が、今後どうなっていったらいいなと思いますか?

安島さん:生活の根源を支える土地というものを資本の蓄積のために使うよりも、定常的にお金が回り、地域の交流や人の暮らしが循環していくような使い方ができるようにしたい。将来的には、それができる大家になりたいという夢を持っています。

のびしろ荘は、いまはイベントスペースとして使うことが多く、ローカルな情緒あふれる場所になっています。地元のおばあちゃんや、子連れのお母さんたちが集まり、たとえば百貨店の展示スペースのような空間とは違う雰囲気を味わうことができるんです。みんなで使いながら、つくりあげていく場所になっているのではないでしょうか。そういう部分におもしろみを感じて、より多くの人に利用していただけたらうれしいなと思います。

―今後の展望についてはいかがですか?

安島さん:2025年の初夏には2階のゲストハウスや、併設のバーをオープンしたいと考えています。また、いまの段階では初期投資を抑えているのですが、今後は融資を受けて2店舗目を立ち上げることも目標のひとつ。事業リスクは負うかもしれませんが、利益を上げて返済ができるビジネスモデルを組むことができたので、スピード感を上げて事業を回していきたいですね。

PAGE TOP